従業員の退職後、懲戒解雇に該当する事由が判明したり、競業避止義務違反があった場合に退職金の返還請求をできる場合があります。
この記事では、会社から従業員への退職金の返還請求について弁護士が解説しています。
懲戒解雇該当事由が判明した場合の退職金返還請求
既に退職金を支払ってしまった後に懲戒解雇事由が判明することがあります。
この場合、退職金の返還請求ができるかは就業規則の退職金規程次第なので、退職金規程を確認する必要があります。
就業規則の退職金の規程に退職金の返還の規程がある場合
「退職後に懲戒解雇に該当する事由が判明した場合には、支給済みの退職金の返還を求めることができる」旨の規程が退職金規程にあれば、その規程に基づく退職金の返還請求をすることができます。
阪神高速道路公団事件(大阪地判昭和63年11月2日、労判531号100頁)
退職手当支給規程に「職員が退職後、在職中の職務に関し、懲戒による免職を受ける事由に相当する事実が明らかになったときは、すでに支給した退職金を返還させ、又は退職金を支給しないことができる」との規程があった事例で、収賄罪で起訴された職員に対する支給済みの906万7000円の退職金全額の返還請求を認容した事例
- 退職金の返還請求規程があれば返還請求が可能
- 懲戒解雇該当事由がそれまでの勤続の功を抹消または減殺するほどの著しい背信行為であることが必要
- 法的な根拠は返還請求規程
懲戒解雇該当事由がある場合の退職金不支給規程がある場合
懲戒解雇該当事由がある場合には退職金を支給しない旨の規程があれば、支給済みの退職金は不当利得になります。
したがって、懲戒解雇該当事由が退職後に判明した場合には、会社は不当利得返還請求権に基づき、退職金の返還請求をすることが可能です。
もっとも、この場合にも、懲戒解雇該当事由が「それまでの勤続の功を抹消または減殺するほどの著しい背信行為」と認められる必要があります。
- 懲戒解雇該当事由がある場合の退職金不支給規程があれば返還請求が可能
- 懲戒解雇該当事由がそれまでの勤続の功を抹消または減殺するほどの著しい背信行為であることが必要
- 法的な根拠は不当利得返還請求権
競業避止義務違反による退職金の返還請求
競業避止義務違反による退職金の返還請求について解説します。
在職中の競業が退職後に判明した場合
在職中の競業については、懲戒解雇該当事由になり得るので、懲戒解雇該当事由が退職後に判明した場合と処理はほぼ同じです。
ポイントだけまとめておきます。
- 退職金の返還請求規程があれば返還請求が可能
- 懲戒解雇該当事由がある場合の退職金不支給規程があれば返還請求が可能
- 懲戒解雇該当事由がそれまでの勤続の功を抹消または減殺するほどの著しい背信行為であることが必要
退職後の競業避止義務違反による退職金の返還請求
退職後の競業避止義務違反による退職金の返還請求は、これまでみてきた懲戒解雇該当事由がある場合に比べ、難易度があがります。
そもそも退職後の競業は、原則として労働者の自由なので、明確な合意がなければ使用者は競業を規制することはできません。
明確な合意がある場合でも、以下のような一定の要件をみたさない競業避止の特約は公序良俗に反し無効となります(民法90条)。
東京リーガルマインド事件(東京地決平成7年10月16日、労判690号75頁)
- 競業行為の禁止の内容が必要最小限にとどまっていること
- 十分な代償措置をとっていること
労働者が退職後に競業をした場合には使用者は退職金の返還を求めることができる旨の特約が有効とされれば、使用者は労働者に退職金の返還請求をすることが可能です。
もっとも、この場合にも、退職後の競業が「それまでの勤続の功を抹消または減殺するほどの著しい背信行為」と認められる必要があります。
- 退職後の競業避止特約が一定の要件をみたさないと無効になることがある
- 競業した場合には退職金の返還を求めることができる旨の合意が必要
- 退職後の競業が「それまでの勤続の功を抹消または減殺するほどの著しい背信行為」と認められる必要がある
参考裁判例
福井新聞社事件(福井地判昭和62年6月19日)
退職理由を秘して退職金の支給を受け競合他社に就職した従業員に対する退職金全額の返還請求を認めた事例