この記事では、内定取り消しの法的な問題点や注意点について解説しています。
内定と内々定の違い
内定という言葉は2つの意味で使われていることあります。
1つは、正式な内定の意味での内定です。以後この意味での内定を「内定」といいます。
もう1つは、内定日以前に、応募者に採用の意向を示すために行われる通知である内々定です。以後この意味での内定を「内々定」といいます。新卒採用については、経団連の指針で正式内定が10月1日以降とされていますが、一般に10月1日以前に企業は内々定を学生に出し、内々定を得た学生も正式な内定まで他社の就職活動を続けることもあります。
内定と内々定とでは後述のように法的な意味合いが異なりますので注意して区別する必要があります。
内定の法的性質
判例・通説では、内定により、始期付の一定の解約権が留保された労働契約が成立するものとされています。
内定後、労働契約成立後の内定取り消し、すなわち解約権の行使は解雇にあたり、使用者側からの一方的な内定取り消しは認められません。
内定取り消しが認められるのは、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる場合に限られます。
内々定の法的性質
内々定にとどまる段階では、未だ労働契約が成立していません。この場合、会社からの内々定の取り消しは可能です。
ただし、合理的な理由のない内々定の取り消しは、労働契約締結に対する期待権の侵害、信義則違反として会社が損害賠償責任を負うことがあります。
採用内々定の取り消しによる損害賠償責任が争われた事例
建築基準法改正やサブプライムローン問題、原材料、燃料等の暴騰といった複合的要因により、使用者を取り巻く経営環境は急速に悪化しているなどとして内々定を取り消しした事例で不法行為が成立するとして22万円の損害賠償を認めた事例(福岡高判平成23年2月16日、コーセーアールイー第1事件、なお1審は85万円、同一の事件としてコーセーアールイー第2事件(福岡高判平成23年3月10日)は55万円(1審は110万円)の損害賠償を認容。)
内定取り消しの適法性
使用者側からの内定取り消しには、内定者側の事情を理由とするものと使用者側の事情を理由とするものがありえます。以下分けて、その適法性を解説します。
内定者側の事情を理由とする内定取り消し
内定者側の事情とは、内定者に経歴詐称があった場合、学校を卒業できなかった場合、犯罪や問題などを起こしたような事情が挙げられます。
使用者側からの一方的な内定取り消しが適法とされるには、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当といえなければなりません。
経歴詐称など明らかに内定者側に問題があるような場合は、一般的に上記客観的合理的理由と社会通念上の相当性が認められ、内定取り消しは適法に可能です。
以下では実際に裁判で争われた事例について、内定取り消しが認められた事例、認められなかった事例をそれぞれ紹介します。
内定取り消しが認められた事例
内定者が、反戦青年委員会に所属し、その指導的地位にある者の行動として、大阪市公安条例等違反の現行犯として逮捕され、起訴猶予処分を受ける程度の違法行為をしたことが判明したため、内定取り消しをした事例(最判昭和55年5月30日、電電公社近畿電通局事件)
内定取り消しが認められなかった事例(違法とされた事例)
グルーミー(陰気)な印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかも知れないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかったとして内定取り消しをした事例(最判昭和54年7月20日、大日本印刷事件)
内定者が,入社前研修を欠席したこと、研修における内定者の態度、試用期間延長等の提案を受け入れなかったこと等を理由として内定取り消しをした事例(東京地判平成17年1月28日、宣伝会議事件)
本件採用内定取消しが適法になるためには、原告の能力、性格、識見等に問題があることについて、採用内定後新たな事実が見つかったこと、当該事実は確実な証拠に基づく等の事由が存在する必要があると解するのが相当であるとして、使用者が本件採用内定取消しに用いた情報は、あくまで伝聞にすぎず、噂の域をでないものばかりであり、当該噂が真実であると認めるに足りる証拠は存在しないとして内定取り消しを無効とした事例(東京地判平成16年6月23日、オプトエレクトロニクス事件)
内定者(病院の社会福祉士)がHIVに感染している事実を使用者に告げなかったとして、内定取り消しをした事例(札幌地判令和元年9月17日)
使用者側の事情を理由とする内定取り消し
昨今のコロナウイルスによる業績の悪化など、使用者側の経済状況の悪化による内定取り消しは、整理解雇に位置づけられるので、整理解雇の4要素を考慮して、内定取り消しが目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるか検討することになります(東京地決平成9年10月31日、インフォミックス事件、労判726号37頁)。
整理解雇の4要素
- 人員削減の必要性
- (①の人員削減の手段としての)解雇の必要性(解雇回避努力義務の履行)
- 被解雇者選定の合理性
- 手続の相当性
内定取り消しが認められた事例
就業場所と職種を限定して内定において、業務委託先より業務委託契約の締結を拒否され、内定者が当該就業場所で就労することが不可能になったとして、内定取り消しは解約権留保の趣旨・目的に照らして社会通念上相当として是認することができるから適法とした事例(大阪地判平成16年6月9日、パソナ(ヨドバシカメ)事件、労判878号20頁)
内定取り消しが認められなかった事例(違法とされた事例)
人員削減の必要性、解雇回避努力義務を尽くしていることを認め、内定取り消しに客観的合理的理由があるとしつつも、使用者がとった内定取消前後の対応には誠実性に欠けるところがあり、労働者の本件採用内定に至る経緯や本件内定取消によって債権者が著しい不利益を被っていることを考慮すれば、内定取消は社会通念に照らし相当と是認することはできないとして、内定取り消しを無効とした事例(東京地決平成9年10月31日、インフォミックス事件、労判726号37頁)。
内定取り消しの争われ方
内定取り消しは、労働者側からの地位確認請求(地位確認仮処分)や債務不履行または不法行為に基づく損害賠償請求の形で争われます。
新規学校卒業者の採用に関する指針
新規学校卒業者の採用に関する指針の中に内定取り消しに関するものがまとめられています。
- 事業主は、採用内定を取り消さないものとする。
- 事業主は、採用内定取消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講ずるものとする。なお、採用内定の時点で労働契約が成立したと見られる場合には、採用内定取消しは労働契約の解除に相当し、解雇の場合と同様、合理的理由がない場合には取消しが無効とされることについて、事業主は十分に留意するものとする。
- 事業主は、やむを得ない事情により、どうしても採用内定取消し又は入職時期繰下げを検討しなければならない場合には、あらかじめ公共職業安定所に通知するとともに、公共職業安定所の指導を尊重するものとする。この場合、解雇予告について定めた労働基準法第20条及び休業手当について定めた同法第26条等関係法令に抵触することの無いよう十分留意するものとする。なお、事業主は、採用内定取消しの対象となった学生・生徒の就職先の確保について最大限の努力を行うとともに、採用内定取消し又は入職時期繰下げを受けた学生・生徒からの補償等の要求には誠意を持って対応するものとする。